―いちいち満月の夜を選んでいるこっちの身にもなれってんだ……!―
腐り堕ちる左半身。激痛は、叫ぶほどだが慣れないほどではなかった。
奴の攻撃は、強力だが衝撃を生じないのが私の浸け入る唯一の弱点だ。ノックバックを食らわないならば、ダメージで怯まなければスピードは死なない。抉れた左肩から脇腹を庇うことなく、脚部のアフターバーナーを噴かして加速、一気に距離を詰める。
ははっ、慣れてきたのね、蓬莱人の戦い方に
背に月を置く奴の姿は神々しく、それと同量全く禍々しかった。奴が〝仕掛けた〟空は、まともじゃない。晴天の宵闇だというのに、星が一つも見えないのがその証拠だった。私を見てにぃと嗤う赤い唇は、見る者に畏怖を与えるに十分、普段は愁いを帯びて細められた目も今は肉食獣の如く見開かれてその尋常ならざる雰囲気の一因となっている。今の奴は弱竹の姫なんかではない、まさしく、〝Lunatic〟Princessそのものだった。
女ってのは、おっかないな。特に美女は、一皮剥けばみんなこうだ
もう一薙ぎ、時縮退を仕掛けてくる。十二分に速度の乗った私相手に、狙いがぶれたのを私は見逃さなかった。最低限の回避行動で三日月形に飛来する〝時間を強制的に圧縮する波動〟を避け、速度を殺さぬまま奴の懐へ。
ぞぶり
奴の目の前、残りわずか30㎝程というところで、伸ばした右腕が肉挽器へ突っ込んだ生肉のように潰れて弾け飛んだ。
なっ……!?
左半身に続き、右腕もまた激痛をまき散らして姿を失った。予め空間に魔術効果を予約して設置する、造界魔術(インスタレーション)だ。私の両腕がなくなった姿を見て、奴はもう一口、笑った。
奴の周囲に浮かぶ五種の魔器。それぞれに使い方があるにせよ、使役するだけでも本人の力を大幅に増幅する魔力増幅器(タリスマン)。そう、それらは既に奴の手の中にある。太古月からもたらされた忘却されていたそれを、輝夜は手に入れ強大な力を得ていた。剰え、既に手中にあるそれを探して来いと貴公子達にいいつけ、失敗する姿を見て笑っていたのだ、この女は……!
やろぉっ!
左半身の再生はまだ完全に終わっていない。骨に幾何かの筋繊維が絡みつき、剥き出しの血管と神経がそれを追うように生えていく最中だ。そうした再生のさなかに感覚も取り戻されており、神経に異物が直接触れる激痛を伴いながら、肉体の再生は進んでいく。生きた体に戻っていくというのに、死ぬほどの痛みが襲ってくる理不尽。しかしそんな痛みももう、慣れっこであった。奴とのこうした殺し合いはもう、何百回にもなっているのだ。
たった今ミンチにされた右腕は、左半身と同じように強制的な風化に曝されて、肉塊に化け形を失ったばかりで使用不能だ。左腕は骸骨とゾンビの中間のようなナリを示し、激痛を代償とすればわずかばかり動かすことは出来た。
なにが〝おっかない〟よ。あなただって、女でしょう?
とうに捨てたよ
―お前を殺すためにな!―
輝夜は私に向って〝慣れてきた〟と言った。不死者と成り果てたこの体、最も有効に使おうとすれば、ダメージを一切気にせずに懐に潜り込み、中断を受け付けない大技で一気に叩き潰す戦い方になる。人間としての反射的回避行動や、痛みによる行動の鈍化を全く消すのには相当の慣れが必要だった。そうした肉体的な面もそうであるし、戦術もまた、特異極まりないものになる。
力を込めるだけでも激痛を伴う〝生えかけ〟の腕を動かして、髪を留める呪符一枚をちぎり取った。
怨!
これは、命名決闘法に則ったスペルカードではない。今の輝夜の五種の宝具と同じ、本当に殺傷するための呪符。起動呪文を唱え、口とほぼ骨だけの手でそれを半分に破る。半分は捨て、半分を手で前に差し出した姿勢のまま、あとわずかの距離にある輝夜の体へ。
この距離なら
造界魔術(インスタレーション)があることは知れている。それを、相殺までせずともこちらの体が消滅しない程度の減衰処理を施しながら、一気に残りの距離を詰める。輝夜の造界魔術(インスタレーション)と、私の減衰処理が擦れ合い、魔擦発光現象(アストラルミネッセンス)を散らす。
あと、10㎝……!
じりじりと風化が進む手の先にある呪符が、いよいよ輝夜の体へ到達する。
燃え尽きろよ、クソ女!!インペリシャブルシューティング!!
自ら弾を射出しないスペルカードの原型は、これだ。射撃などしない。零距離で超熱核を形成して焼き尽くす近接用の術。輝夜の体至近へ近づけた呪符の片割れが、赤熱した塊へ化けて全方位へ均等に熱エネルギーを撒き散らす球体へ変わっていく。ぼこぼこと液体が沸騰して脈打ちながら浮いているような姿になったところで、それは一気に爆ぜた。超高温の熱波が、全方位へ伝播する。自分だけは、術に完全同調するようあらかじめプログラムされた耐熱防壁を展開し、返し熱を最小限に抑える。せいぜい、体中が黒焦げになって肉のほとんどが炭化する程度、食らった相手は一瞬で前進が炭化して崩れ去るはずだ。
ざまぁ、みろ
私の肉体もほぼ全身が焼け爛れて、血と体液が真っ黒く焦げた肉に滲み出して流れていく。痛みは、脳の伝達可能量を超えているらしくほとんど感じなくなっていた。
炎は熱波の後からついて来るのだ。初めに急加熱された衝撃波が輝夜の体の肉と骨のほとんどを吹き飛ばした。そして高温に反応して炭素で構成されるものが、燃焼する。一瞬だけ炎を巻き上げて燃え上がるが、高すぎる火力は燃焼時間を短縮する。わずかに残った肉は炭化し、骨はぼろぼろと崩れ、互いに無残な骸骨になって崩れていく。はずだった。
だが結果は違った。輝夜の体は、まだ燃えている。「燃えてるのだ」
ばかな、可燃物は一瞬にして炭化する火力のはず
私は輝夜が何らかの方法で火力を軽減したことを察した。反撃が来るかもしれない。あの火だるまになっている人型が、何かの攻撃を繰り出してくるとは思えなかったが、私は防御行動をとろうと試みる。
だが、体はもう動かなかった。全身が炭化しており、まばたきをするための瞼も焼け落ちている。眼球もほとんど溶け出ていて、右目が辛うじて見えるだけだ。聴力は必要再生量が少なくて済むため若干取り戻されていたが、再生を待たなければ行動はできそうになかった。
それは、輝夜も同じ事、な、はずだった。
い、いじゃな、イすテきよ、もごう
火だるまが、しゃべっている。
燃え盛る炎をまとって、輝夜はさらに一歩踏み出して私に近づいてきた。
な、なぜ、火力が足りていない……?
やがて炎が消え、焼死体が意思を持って歩くような鈍重さで、輝夜が近づいて来る。私の体は、動かない。それどころか、自重を維持できずに炭化した足が砕けて地面へ崩れ落ちた。
さっきから細かい攻撃を受け続けてきている私の再生速度は遅く、輝夜が近付くまでに体は元に戻りそうにない。対し、輝夜の体は徐々に焼死体然とした姿から、元に戻ろうとしていた。
まさ、か、そんな、きょう、れづな自バク攻撃、をして、くるなんて
黒焦げの肌と肉の間から、それを割るように新生血管が這い出している。じわじわと滲み出すように、液体のような膜が浮き、焼けた肉をぼとぼとと追い落としながら新しい肉を形成していた。筋繊維、脂肪、血管、神経と骨、肌。地面に崩れ落ちたままの私の体の目の前に来る頃には、輝夜の体はすっかり元に戻っている。真っ白な肌は月影に映えて輝くようであり、黒絹の髪は夜風に溶けている。真っ赤な唇と金色の瞳は、輝夜の体がまだ生命力に満ちていることを物語っていた。
思ってなかったわ。もう立派な蓬莱人ね、妹紅?でもまだまだ、リザレクションが体に馴染んでいないみたいね。そんなに再生が遅ければ、殺し損ねた相手に好きにされてしまうわよ
こうやってね!
完全に再生し、衣服以外無欠の状態となった輝夜は、まだ炭化した身体を元に戻せない私の前に立ち、崩れたたまれた体を、踏み潰す。炭化し、そうでなくとも焼けている私の体は、ばきばき、ぐちゃぐちゃと粉々に砕けていく。痛みはもはやないが、こうされてはもう、無理だ。
輝夜は残った私の上半身を捕まえて持ち上げる。
早く再生なさいな。でなければ、殺されてしまうわよ
余裕の笑みに、目を細める。
火鼠の皮衣、妹紅相手に誂え向きの宝具だわ。……残念だったわね?
そういって一呼吸おいて、輝夜は大笑いする。Lunaticの名に相応しい、狂った笑いだ。
私は、負けたのだ。もう、ここから挽回する手段はない。
いいわよ、今の妹紅の顔。無様で、無残で、悲惨で、醜悪。あなた、私を美女ってゆったけれど、今の妹紅の方がずっと綺麗
いとおしくなっちゃう。輝夜は片手で持ち上げている上半身しか残っていない私の体を寄せ、目を閉じる。知ってる、それが、何の前触れの行動なのか。私は混乱していた。輝夜のその行動が理解できない。
な、ん
何のつもりだ、を口にすることができなかった。顎部分の再生が不完全だったこともあるが、唇が削げ落ち、歯茎は剥けて、歯の殆ども抜け落ちて残っていない口元に、輝夜は口付けてきたのだ。
ふふ、ご褒美よ
口を離してからそう言い、輝夜は私の体をぽんと高く投げあげた。月へ吸い込まれるように高く舞う私の体。輝夜は何事か、下で構えている。とどめを、くれるつもりだろう。
じゃあ、また、私の1勝ね。bye
生きてるー?
じんだよ、みでわがんだろ、じぐぢょう
何時間がたったのか、わからない。肉体の再生が不可能になると、蓬莱人は魂からの肉体の再構成に切り替わる。こうして決して死ぬことのない(正確にいえば死んでもすぐに復活する)体になって、永遠に生きていくのだ。
私は仰向けに、横たえられていた。一応形だけは人の形を取り戻しているらしいが、凄まじい倦怠感があって、動きたくない。眠い。私の視界と空を遮るように、輝夜の顔が、逆さまに、あった。私の頭を膝の上に載せているらしい。なれなれしい扱いに虫唾が走り、おりたいと思うが体が動かない。ちくしょう。
輝夜は何処かから持ってきたらしい布をまとっていた。私の体にもそれはかけられている。余計なマネしやがって。
惜しかった惜しかった。ま、その惜しかった、を覆すのにあと200年はかかるでしょうね
ふざ、けんな、2年、だっ……
けらけら笑う輝夜に毒づいたが、げほっ、再生中に無理に喋ったから、内臓のどこかがちぎれた。暫く、しゃべるのもやめる。私が黙ると、輝夜も黙って身じろぎ一つしない。私の視界の真上で、ただ月を見上げている。白皙の輪郭が月影に溶けて、悔しいが、綺麗だった。
もう、こうしてこいつと殺し合いをするのは、何回目になるだろう。何年目になるだろう。
私はまだ全然力をものにできていなくて、毎回こんな調子で負けていた。まだ勝率は1%にも満たないんじゃないだろうか。
輝夜への殺意は、正直もう形骸化していた。あんなにも殺してやりたいと願ったその感情の火種は、すっかり燃え尽きて消え去っていたのだ。今は、自分で新しい薪を注ぎ足して、せっせと殺意を途切れさせぬようにしている。一体、どうしてこの炎を維持しているのだろう。自分でも、見失い始めていた。もう、火種など、残っていない。ただこの炎を、そこに火種があったという事実を嘘にしたくない一心で。
私は、愚かだろうか。
いい思い出では、ないのだ。何か神様のようなものがいて、輝夜がぶち壊したものをすっかり元に戻せるのだとしても、元に戻ったそれは、今にして考えればそれでも取り戻すほどの価値があるものではない……むしろ焼き尽くして灰にして流してしまいたいような、そんな思い出しかないのだ。苦痛と、屈辱。女どころか人らしい扱いも、受けなかったのではないのか。
やり直したところで、望ましい未来があったとは、思えない。それならば、庶民とはいえ気のいい奴らにやんわりと受け入れられながら竹林で過ごし、たまにはハクタクの先生としゃべったり……こうして憎たらしい奴と下らない殺し合いで夜を燃やす方が、何倍もましなのかもしれない。
輝夜は、もしかして、「断ち切るために」私を。
ふざけんな、そんなん、みとめられるかよ
そうだ、認めない。嘘にしたくない、そんな風に認めてしまったら、私はとんだ道化じゃないか。今まで生きてきた時間は、何だったのだ。
いいのよ、認めなくっても。永遠に、付き合ってあげるから
輝夜が、私の視界の上で何か漏らしやがった。月を見たまま、視線はこっちへ向かない。憎たらしい、憎たらしい女だ。
は。てめーに、なにが、わかんだよ
わかんないわ。あんたのことなんか、これっぽっちも。だから、こうしてるんじゃない
この、知った風な態度が、無性に腹が立つ。
いいさ、いつか勝てるようになってやる。いつか、蓬莱の秘薬の効果を解呪する方法を見つけて、こいつを地獄に突き落としてやる。いつか。
くそ、たばこ
イライラする。一服して気を紛らわしたかったが、たばこなんかもう残っていないだろう。きっと燃えているに違いない。竹林の住処に帰れば、まだ何本か作り置きがあったはずだ。だけど、もうその前に眠りたかった。疲労感が酷い。
たばこ?これ、あげようか
輝夜は紙で巻かれ、しっかりと両端の整った上物の煙草を私の前にひらつかせる。
いるか、クソが
遠慮せずに受取っときなさいよー
そういって輝夜は私の口にたばこを突っ込んでくる。毒でも塗ってあるんじゃないのか、そう思うも抵抗できずに唇を割られ、前歯の隙間に潜り込んできた。上等な煙草葉の、香ばしい薫りが口から肺へ流れ込んでくる。喫煙欲が高まってしまって、私はその煙草を咥えることになってしまった。
それを見て、したり顔で私を見降ろす輝夜。しかし。
……あ、火がないわ
火なんかいらねーよ
自分で熾せる。私は咥えた煙草の先端に火種を置いて、たばこに火をつけた。着火したのを見て、私は肺いっぱいに息を吸い込んだ。香ばしい、少し甘みのある、ちりちりと心地の良い味が、舌、頬の内側へ沁みる。気管を通って肺を満たす香ばしい薫り。畜生、こいつぁ本当に上等なヤツだな。憎たらしい、本当に憎たらしい女だ。こんなものを私に与えて、どういうつもりだ。
臓腑に染み入る美味い煙に、輝夜を憎たらしいと思いながらも喫煙自体には幸福感を感じてしまう。
輝夜は、そんな私の様子をやはりしたり顔のままみてにやにやと笑っている。くそう、笑えばいいさ、だが再生後の風呂とたばこは最高にしみるんだよ。
私は血管中を駆け巡り頭をがんと刺激する心地よいニコチンの快感に、ふと、思い出さなくてもいいことを、思い出してしまった。
そういえば、とどめを刺される前。こいつは私になんかよからぬことをしなかったか。
輝夜は、ボロカスになった私に、口付けをした。何のつもりだったのだろうか。問いただしたい気分もあるが、聞いたらなおのことこいつの思う壺になるのではないかと思うと聞く気もうせてしまう。ああ、いちいち腹の立つ女だ。
ね、私も吸いたくなっちゃった
輝夜が私の視界の上で、たばこを口に咥えてその先端を指さしている。
あ?
私ががんを飛ばしてふざけんなとアピールしても、輝夜は変わらない。たばこの先端を指さしたまま、早く火ィつけてよ、と物語っていた。
ちっ、こんなたばこ(上物だとは思うが)で借りを作るのも嫌だ。私は輝夜の顔の前あたりに小さな火種を起こそう……として、ふといいことを思いついた。そうだ、こっちの借りも、きっちり返してやろう。
火なら、ここにあンだろ
私は自分のたばこをクンと振って、その先端の火を示してやる。
……はっ!?
をー、思った以上にいい反応するじゃねえか。
私はそのまま黙って目を瞑り、そこから取ってかないなら、火はやらねえと態度で示す。
もう。仕返しされちゃったわ
輝夜は口に咥えたたばこを、私のたばこに寄せる。
先端がふれあい、お互いに力を加減してそれが離れないように調節するのは、なんだか妙にこそばゆい。
ちりちり。巻紙と煙草葉が熱せられる音が、全く無音の夜にやけに大きく響いた。
目を開いて、私と上下あべこべに重なり合う輝夜を見た。ほっそりした首と、すらりとした顎のラインの向こうに、輝夜の顔がわずかに垣間見えた。その頬がほんの少しだけ朱に染まっているように見えたのは、きっとたばこの火の明かりのせいに違いない。
私が吐き出す息で大きくなった火種を、輝夜は吸い込むように受け取って、輝夜のたばこにへの移し火が終わる。
ぁりがと
ん
煙を吐き出す輝夜が私の方を見ることはなかった。
その理由を私はよくわかっていた。
私も、輝夜の方を、照れくさくて見ることができなかったのだ。